鹿児島県鹿屋(かのや)市は、日本で最も古くからカンパチ養殖を始めたことで知られ、全国で水揚げされるカンパチのうち20%のシェアを誇る「カンパチ大国」です。
その鹿屋市漁協が仕掛けるのが、“かのやかんぱち”というブランド魚。株式会社エフズリエイトでは2015年よりカンパチの養殖に参入、その独自の養殖手法で注目を集めています。
今回は同社の代表取締役社長である藤原さん、取締役の大重さん、そしてヤンマーマルシェの担当吉本さんに参加いただき、“かのやかんぱち” 養殖におけるこだわりや、ヤンマーマルシェの販路マッチングの取り組みを利用いただいた経緯、そして今後の展望などを伺いました。
左より
株式会社エフズクリエイト 取締役 大重 竜作さん
株式会社エフズクリエイト 代表取締役社長 藤原 和宏さん
ヤンマーマルシェ株式会社 フードソリューション部 水産グループ 吉本 篤史さん
自分たちの町をアピールできるブランド魚に育てたい
―“かのやかんぱち”が誕生したきっかけを教えてください
藤原さん:
私たち親会社であるサン・ダイコ―は一次生産者に向けた畜産・水産業用のワクチンや飼料販売などを行う会社です。鹿児島そして鹿屋という町への地域貢献、そして良い商品を通じてのお客様還元をモットーに、漁協とも40年にわたり取引を行ってきました。その中で「これからは自分たちが養殖し、自分たちの魚を売っていこう」という想いに至り、2015年にエフズクリエイトを立ち上げたのです。
現在、日本の漁業は多くの課題を抱えていますが、そのひとつが次世代の人材確保です。そこで、若い世代に漁業を魅力的な産業として伝えるために、自分たちの町をアピールできるブランド魚 “かのやかんぱち”を作りました。
―鹿屋漁場、そして味や品質へのこだわりについて教えてください
大重さん:
鹿屋漁場の魅力は、鹿屋という地域環境そのものにつきます。錦江(きんこう)湾の一角にある鹿屋漁場は平均水温が22度で、カンパチの育成に適した水深も確保できています。この環境だと、筋肉質で脂乗りの良いカンパチが育ちやすいんです。
エサの質にもこだわっています。漁協から仕入れた鮮度の高いマイワシなどに、魚粉をベースにした配合飼料を加えることで、“かのやかんぱち”を臭みなくバランス良い身質に仕上げています。
また、網に上がった魚を船上で処理する、「活け〆(いけじめ)」技術にもこだわりがあります。魚のおいしさは、鮮度に加えて血抜きが重要なカギを握ります。魚へストレスを与えないよう網入れ・血抜きをすることで、臭みなくおいしい状態を保つことが可能に。エフズクリエイトでは、いつ誰が活け〆を行っても同じ品質のまま出荷できるよう、独自の技術を磨き続けています。
藤原さん:
活け〆については、魚の健康状態をチェックしながらエサの量をコントロールし、網に上がった魚を暴れさせず、魚臭さの原因となる血を抜くため、船上で直ぐ〆る。活け〆には手間暇がかかりますが、そこは強いこだわりを持ってやっています。
大重さん:
エフズクリエイトでは45台の生簀(いけす)を管理し、日曜祝日以外は一年中出荷しています。水温の変化、エサの量、〆め方、氷の量などは、この鹿屋に何年も住み、風土を理解して初めてできることだと思っています。
生産者を支える「販路マッチング」の取り組み
―ヤンマーマルシェと取り組みを始めたきっかけを教えてください
藤原さん:
ヤンマーマルシェさんと取り組みを始めるまでは、ほぼ100%組合通じた市場取引をしていました。養殖業には人材不足に加えて、経営が不安定という課題を抱えています。というのも、手間暇をかけてブランド魚を育てても、市場での相場取引では値が付きづらいケースもあり、大きく利益が出ることもあれば、赤字が続くこともあったのです。また、市場への出荷のみの当時は出荷数が読めず、見えないコストもかかっていました。
しかし、ヤンマーマルシェさんと取引を開始してからは、“かのやかんぱち”を適正価格で取引できるようになりました。そして、計画的に出荷できることで、効率良く作業を進められようになりました。安定的な経営を続けるためにも、「〇月〇日に何本出荷する」という情報が事前にわかるというのは、非常に大きな意味を持つのです。
2021年はカンパチ養殖にかかる原料価格が高騰し、さらには新型コロナ禍もあってWパンチ状態でした。上半期は赤字でしたが、ヤンマーマルシェさんと取り組みを始めた9月以降、半年で黒字に戻せました。計画的に出荷できること、それはまさに自分たちが求めていたものだったのです。
ヤンマーマルシェ吉本
ヤンマーは一次産業と共に歩んできた企業です。だからこそ、生産者の方を下支えできる部分はまだまだあると考えていました。藤原社長、大重さんとも話し合いを重ね、ヤンマーマルシェが”売るプロ”として介入することで、相場価格ではなく適正価格での売買につながったと感じています。
反応を知ることで、料理人や消費者の姿を近くに感じられる
―両社の取引開始後、他にはどんな変化がありましたか?
藤原さん:
ヤンマーマルシェさんに入っていただいたことで、自分たちの魚がどのスーパーに並ぶのか、飲食店でどう料理されるのか、といった情報がフィードバックされるようになり、これまでは遠く感じていた消費者の姿を、近くに感じられるようになりました。
大重さん
そうですね。それは自分たちの励みになっています。
ヤンマーマルシェ吉本:
これこそ、当社の行っている販路マッチングの醍醐味かと思います。以前、藤原社長や大重さんにスーパーへ足を運んでいただき、売場視察をしていただいたこともありました。
大重さん:
あの時はすごかった! カンパチという単一魚種だけで広い売り場面積を取って展開してもらえるんだと知り、非常に嬉しかったですね。
―具体的に、どのような売場展開だったのですか?
ヤンマーマルシェ吉本:
刺身ひとつ取ってもサク、薄造り、平造り、カルパッチョ用を出しました。しゃぶしゃぶ用も作りましたね。寿司も、にぎり、巻き、丼の3種類、それに惣菜としてカマの塩焼きや漬けなど、余すところなく“かのやかんぱち”を丸ごと使って売り場を展開していただきました。
お取引先のスーパーがフードロス削減に力を入れているということもあり、丸ごと使って“かのやかんぱち”をお客さんに知ってもらおうと取り組んだ結果、かなりの売上につながりました。そして、お叱りのお言葉が多く届くとされるお客様相談センターへ、消費者の方から「“かのやかんぱち”がおいしかった!」というメールが届いたそうです。
現場が自信を持って売ることができれば、モチベーションも上がります。そうすれば売り場スタッフの「“かのやかんぱち”っておいしいよ!」という声がさらに周りに伝播します。水産部がここ10年で最大の盛り上がりを見せたと、スーパーのバイヤーさんからも伺いました。
エフズクリエイトさんのたゆまぬ努力が結果を生んだことがもちろん素晴らしいことですが、さらにヤンマーマルシェが介することでお客様の言葉や笑顔を生産に関わるみなさんへお戻しできたら嬉しいですね。
藤原さん:
本当にそれは、私たちにとって何よりのご褒美です。ヤンマーマルシェさんとやりとりをするようになって、お客様との距離がとても近くなりました。加えて、ヤンマーマルシェ側の担当者の顔も見え、ダイレクトにやりとりができる点は大きなメリットだと感じています。
身が甘く歯ごたえも抜群な「バクバク食べられるカンパチ」
―“かのやかんぱち”のアピールポイントを教えてください
ヤンマーマルシェ吉本:
“かのやかんぱち”は、他の産地に比べて色持ちが格段に違います。身質の変化も少なく、おいしい状態をずっとキープできる。魚は劣化すると脂が酸化し、養殖魚特有の臭いがしてくるのですが、高度な活け〆技術のおかげでそれがありません。魚へストレスをかけず上手に処理しているから、うまみの元になるエネルギーが減っていないのです。
だから、“かのやかんぱち”をひとことで表すなら「バクバク食べられるカンパチ」。身が甘くて、歯ざわりや歯ごたえも抜群です。お刺身を食べた時に口の中で身が吸い付くほどキメ細かいのですが、これは生育環境に加え、エフズクリエイトさんが持つ高い技術の賜物なんです。
―“かのやかんぱち”はどう調理して食べるのがおすすめですか?
藤原さん:
お刺身はもちろん、しゃぶしゃぶや煮ても焼いてもおいしいです。熟成させて味の変化を楽しむのもおすすめですね。
大重さん:
よく「漁師さんは新鮮な獲れたての魚を食べるんでしょ?」と聞かれるのですが、私たちがカンパチを食べるときは、冷蔵庫で最低3日は寝かせています。
ヤンマーマルシェ吉本:
実は、カンパチを寝かせるとタンパク質が分解されてアミノ酸になるので、甘味とうまみがぐっと増します。今お取引のあるスーパーさんでは、生産者さんおすすめの状態に近づくよう、自社センターで意図的に1日休ませてから店頭に並べています。このようなことができるのは、徹底した活け〆技術が施された”かのやかんぱち”だからこそ。
下処理を完璧にしていただいているので、カンパチを海で泳いでいる状態に近いまま出荷でき、一番おいしい状態で消費者の元へ届く。生産者、ヤンマーマルシェ、店舗、消費者と、一番良い状態でつながっていきます。
漁業の収益性を向上させ、持続可能な産業へ
―今後、ヤンマーマルシェに望むことはありますか?
大重さん:
お客様へもっと明確に、“かのやかんぱち”のおいしさを伝えたいですね。
ヤンマーマルシェ吉本:
実は、その対応も進めています。エサの質、活け〆の技術など、“かのやかんぱち”の特長そのものは差別化できていますが、おいしさのレベルは指標がないため、表現するのが難しいのです。例えば、漁師さんが「これが一番うめえんじゃ」と感じるカンパチを水揚げできた際、そのおいしさを分かりやすく数値などで明記できれば高い付加価値となり、収益も上がって良いサイクルが生まれるのではと考えています。
藤原さん:
ヤンマーさんと漁業には、とても長い歴史があると聞いています。我々の船のエンジンや網洗い機もヤンマーさんですし、先日はドローン活用のお話も伺いました。カンパチは養殖に手間がかかっているため、作業効率が良くなることで魚に結果が表れます。ヤンマーさんの技術で、そこを改善できると助かりますね。
大重さん:
実は、カンパチの養殖には他の魚種より3倍ほど手間がかかっているので、人も3倍必要です。だからといって、大儲けしようとは思っていません。安定して生産を続けていくことが望みです。
ヤンマーマルシェ吉本:
安定した生産体制が確立できれば、「養殖業は安定している」というイメージが広がります。安定収入を求めて養殖業を志す就労者が増えていけば、より良い労働環境にできる。そうすることで、いずれ日本のスーパーではもっと多くの国内産の魚が売られ、食卓へ並ぶようになるでしょう。それがヤンマーマルシェの目指すところです。
藤原さん:
そうですね。収益性が上がればもっと多くの若い人たちが養殖業に入ってきてくれます。漁業には危険な作業がつきものですが、そういう部分はAIを頼って安全な作業を実現し、活け〆など人の手が欠かせない部分は、技術を持った人間が行う。そんな取り組みを続け、漁業全体が魅力ある産業になっていけば良いなと思っています。
今後もヤンマーマルシェさんとの取り組みを進め、いつかエフズクリエイトで受注できない量のオーダーが入るようになれば、鹿屋漁協を巻き込んで、鹿屋の魚を広くアピールしていきたいと考えています。私たちに利益が出れば新たな投資ができ、雇用が増え、取引先も売り先が増えて潤って…その軸はブレずにこだわっていきたい部分です。吉本さん、引き続きよろしくお願いいたします。
ヤンマーマルシェ吉本:
はい!
世界へ“かのやカンパチ”ブランドをアピールし、市場拡大を目指す
―エフズクリエイトさんの今後の展望を教えてください
藤原さん:
今期から上海を皮切りに海外展開をスタートします。日本国内の市場はどうしても小さくなっていくので、世界に向けて”かのやかんぱち”をアピールし、市場を拡大する計画を進めています。
ヤンマーマルシェ吉本:
当社には海外を主戦場とするメンバーもいますので、そこもお役に立てるかと思います。
藤原さん:
すでにブリは海外に向けて出荷されていますが、カンパチを本格的に出荷している企業はまだ少ないのです。私たちが”かのやかんぱち”で市場を広げ、そして他の生産者さんにも追随していただいて、漁業全体が潤っていけば嬉しいですね。
―鹿屋の漁業活性化に向けたエフズクリエイトさんの挑戦は続いていきます。