CASE STUDY

農家の収益増と温室効果ガス削減が同時に叶う!? 「環境配慮米」の可能性

サステナブル

ヤンマーマルシェはNTTコミュニケーションズ株式会社(以下 NTT Com)とタッグを組み、日本の稲作農家が抱える経営不安課題と、水田から発生する温室効果ガスであるメタンの削減という環境課題を同時に叶える共創プロジェクトを進めています。

このプロジェクトでは、農林水産省が進める「『水稲栽培における中干し期間の延長』のJ-クレジット制度」を活用。生産者は水稲栽培の中干し期間の延長を行ってメタン排出を削減し、J-クレジットで収益を得ると同時に、収穫した米は「環境配慮米」と付加価値を付けて販売する新たな農業モデルを提案しています。

NTT ComはIoTセンサーやアプリを提供して生産者のJ-クレジット申請の負担を減らし、ヤンマーマルシェは営農支援とJ-クレジット創出米を「環境配慮米」として付加価値を付けて販売することで、ビジネス拡大をサポートします。

今回はヤンマーマルシェのパートナー生産者であり、2024年の「環境配慮米」生産者である有限会社上野新農業センター代表取締役・大島毅彦さんへお話を伺いました。

生産者の収益安定とサステナブルな農業を支援する「環境配慮米」

日本の稲作農家人口は減少が続いています。その理由として、新規就農者が見込みにくいこと、温暖化による気候変動などがありますが、経営上の課題としては米の価格が安定せず収入が不安定なことが挙げられます。

また地球環境が抱える課題として、水田から出る温室効果ガスがもたらす環境負荷があります。二酸化炭素(CO2)の25倍となる温室効果を持つメタンは水田から多く排出されていますが、2021年度の日本のメタン排出量2,740万トン(CO2換算)のうち、44%が稲作に由来することが報告されています。
参考:
未来の子供たちへ「食」をつなぐ水田で取り組む温室効果ガス削減 | 農林水産省

しかし、稲の出穂前に水田の水を抜いて田面を乾かす「中干し期間」を従来から7日間延長することでメタン生成菌の働きが抑えられ、メタンの発生を約3割削減できるのです。
参考:
「水稲栽培における中干し期間の延長」のJ-クレジット制度について | 農林水産省
J-クレジット制度を活用して 稲作の「中干し期間延長」に取り組んでみませんか? | 農林水産省

そこでヤンマーマルシェは契約栽培事業の一環として、中干し期間を延長して栽培した米の栽培を生産者へ依頼。買い取った米を温室効果ガスの削減に貢献した「環境配慮米」としてブランド化し、食品事業者などへ販売する新たな農業モデルを構築しました。

複雑なJ-クレジット申請に必要な作業をIoT技術でサポート

2023年4月、農林水産省は「『水稲栽培における中干し期間の延長』のJ-クレジット制度」をはじめました。この制度によって、中干し期間を延長して米を栽培した生産者が水田の所在地域などに応じた排出削減量(CO2相当) を「クレジット」として販売可能となり、新たな収益が得られるようになります。

ただしJ-クレジットの申請には各種データの提出が必要となり、生産者の大きな負担となりかねません。そこで共創パートナーとなるNTT Comはデータ取得から申請まで一気通貫で行えるスキームを構築しました。スマート農業を支えるIoTセンサー「MIHARAS(ミハラス)」を水田に設置することで、水温や水位などのデータが取得できます。そしてアプリを自動連携させることで、J-クレジットの申請作業がスムーズになるのです。
参考:
MIHARAS® | ドコモビジネス | NTTコミュニケーションズ 法人のお客さま

J-クレジットを創出する「環境配慮米」栽培へチャレンジ

ここからは、2024年に当プロジェクトへ参加いただいたパートナー生産者の有限会社上野新農業センター代表取締役・大島毅彦さんへ、中干し期間の延長をはじめJ-クレジットを創出する「環境配慮米」の栽培に取り組んで感じたことをお聞きしました。

大島毅彦さん
有限会社上野新農業センター 代表取締役。
新潟県岩船郡関川村の女川地区で米の生産・販売を行う中、2005年(平成17年)に法人化。現在は最先端の農業技術を取り入れながら、村内でも比較的若いメンバーで活動している。東京・大塚にある行列のできるおにぎり専門店「おにぎりぼんご」では、関川村女川地区のコシヒカリを使用しており、(有)上野新農業センターで栽培したものも含まれる。

―はじめに、新潟県岩船郡関川村の女川地区について教えてください。

朝日連峰に囲まれた女川地区は、夏は暑く冬は雪が降り、四季の移り変わりをしっかりと感じられる地域です。近くには1級河川・荒川の支流となる女川もあり水も豊富、河岸段丘であることから地形としても稲作に向いています。

―これまで、米の販売経路など「経営者の観点」で課題と考えていたことはありますか?

当社では、コシヒカリ・つきあかり・ちほみのり・こしいぶき・こがねもち(お餅用)の5品種を栽培し、中でもつきあかりは今の主力商品です。つきあかりは他品種と比べて多くの水を必要としますが、水源に恵まれている女川地区では育てやすいですね。また、コシヒカリより刈り取り時期が1ヶ月程早いためスタッフの作業期間を短縮でき、栽培に手間がかからないのも魅力です。よって作付面積を順次拡大しているのですが、徐々に販売先が見えなくなっている状態でした。

ですので、今回ヤンマーマルシェさんと契約することで育てた米を確実に買い取ってもらえることは生産者として安心ですし、会社として人や資金の負担なく商品に「環境配慮米」の付加価値が付けられることは好都合でした。

上野新農業センターでは、冬季は自社栽培したこがねもち米を100%使用した「光兎(こうさぎ)もち」の加工を行っている

―この環境配慮米プロジェクトはどのような経緯で知ったのでしょうか。

新潟県関川村は環境省の脱炭素先行地域に選定されています。そういった背景もありヤンマー製のもみ殻バイオ炭製造装置もみ殻ガス化発電について話を聞いていた中、このプロジェクトについて知ったのです。元々当社はヤンマーさんのヘビーユーザーでしたので、そこから導入までの話は早かったですね(笑)。

―通常より中干し期間を延長することについてはどう感じられましたか。

私の中であまり抵抗感はなく、「そういう栽培技術があるのなら試してみよう」という印象でした。実は、水路を整備する前の女川地域は水不足になる年がありました。よって意図せず中干し期間が延長されてしまっても問題ないという知見が既にあったため、まあ大丈夫だろう、と。カドミウムについて心配する声も一部あったのですが、当社は新潟県のカドミウム検査の圃場に指定されているのですが、調べた結果も問題ありませんした。

手掛ける品種全てを「環境配慮米」として栽培

―2024年度は、どの品種の中干し期間を延長して栽培したのでしょうか。

当社で取り扱っている5品種(コシヒカリ・つきあかり・ちほみのり・こしいぶき・こがねもち)全てを、中干し期間を延長して栽培しました。初めての試みだったので、コシヒカリだけはやや品質低下が気がかりでした。というのも、中干しは分げつ期に行うため、圃場が干された状態で茎が出るか気になっていたのですが、しっかりと分げつしていました。
※ 分げつ期:種子から出た茎の根元から新しい茎が出てくる時期

―中干し期間延長のため、従来の米作りと変えた点はありますか?

従来よりも1週間ほど早めに中干しを始めた以外は、特に変えていません。雨の日が続いたので、20日以上中干しを続けた圃場もありました。圃場で使用する「MIHARAS」についても、ただ地中に刺しておくだけでした。

苦労したことと言えば、当社は土日が休みなので、週末に農作業を発生させないためにはいつ溝切を行えばよいか、そのタイミングを計算したことくらいです。
※ 溝切:田んぼ内に溝を作って排水口へ繋げる作業

事務所付近に設置されたデータ収集装置

―収穫した米に変化は見られましたか?

分げつ本数が若干少なくなった結果、穂数が減ったようです。その影響として実(籾)の数が減り、結果として米の一粒一粒が大きくなりました。また、実の数が減ったことで栄養が集中したのか、くず米が減りました。

つきあかりは特にこの傾向が見られ、昨年まで二等米の評価だったのですが、2024年産については一等米と評価を受けました。これが中干しを延長した影響なのか、天候など別の理由からなのかがわからないため、来年も様子を見ていきます。

―通常の米作りと比べて負担に感じたことはありましたか?

負担というほどではありませんが、今まで見たことのない雑草が稲刈り時期に生えていました。これは稲をいつもより高めの位置から刈ることで解決しましたが、来年代搔きしたときに雑草が消えるのか、来年もやはり生えてくるのか、気になるところですね。

―最後に、当プロジェクトの可能性として感じることをお聞かせください。

中干し期間を延長するのみで環境に配慮していることが謳えるのであれば、今後米の売り方が若干変わってくるかなと感じました。当社は美味しい米を手頃な価格で買えることが自慢なのですが、そこへ表立って言える「環境配慮米」という謳い文句が増え、農作物へ新たな付加価値が付けられるのであれば、経営者としてありがたいですね。

農産物のブランディングに繋がる各認証制度を利用するには、エビデンスの集計や証明書類の作成が必要となり、諦めてしまう生産者さんは少なくありません。ですが、NTT ComのIoT技術を活用することでJ-クレジットの申請作業は自動化でき、更には蓄積データを利活用することで将来的に省力化や収量増加へ繋がる可能性が高まります。

また、ヤンマーマルシェはJ-クレジット創出米を買い取り、「環境配慮米」として付加価値を付け食品事業者などに販売することで生産者の収益安定に寄与します。

サステナブルな農業経営をサポートし、幸せの循環を生み出すことをミッションとする私たちヤンマーマルシェでは、生産者さんの声をしっかりと聞きながら本プロジェクトをより広げていけるよう懸命に取り組んでいきます。

※ 記事は2024年11月時点のものです。