CASE STUDY

コオロギが世界のたんぱく質危機を救う!?徳島大学発フードテックベンチャーが切り拓く食のイノベーション

FUTUREフードテックサステナブル

グリラス社HPから転載(https://gryllus-online.jp/

世界の急激な人口増加により、食料不足が叫ばれている現在。2025年~2030年の間には、三大栄養素のひとつであるたんぱく質の需要が供給を上回ると予測されています。その問題を解決するイノベーションとして注目されているのが、コオロギをはじめとする昆虫食です。

今回は、徳島大学発のスタートアップ・株式会社グリラスを取材。徳島大学バイオイノベーション研究所で食用コオロギの研究を行いながら、⾷⽤コオロギの⽣産・販売等の事業を展開し、世界的なたんぱく質危機の解決へ向けてアプローチする渡邉崇人さんにお話を聞きました。

渡邉 崇人(わたなべ たかひと)さん
徳島大学バイオイノベーション研究所助教、株式会社グリラス代表取締役 Founder & CEO。
昆虫の発生・再生メカニズムを専門とし、コオロギの大規模生産、循環エコシステムの開発を行っている。グリラスという社名は、飼育するフタホシコオロギの学術名「Gryllus bimaculatus」(グリラス・ビュマキュラータス)に由来。
・株式会社グリラス https://gryllus.jp/
・グリラス公式オンラインストア https://gryllus-online.jp/

昆虫は環境にやさしい“新しいたんぱく源”

近い未来である2025年~2030年、たんぱく質の需要が供給を上回ると予測されています。FAO(国際連合食糧農業機関)はこの解決策として、たんぱく質を豊富に含む昆虫食を推奨(※1)。昆虫食は家畜と比べて飼育にかかる水や飼料が極めて少なく、飼育時の温室効果ガス排出量を抑えられる点からも、大きな注目を集めています。
※1 内閣府 食料安全委員会 「国際連合食糧農業機関(FAO)、食品及び飼料における昆虫類の役割に注目した報告書を公表
https://www.fsc.go.jp/fsciis/foodSafetyMaterial/show/syu03830870295

グリラス社HPから転載(https://gryllus.jp/about-us/

グリラス社HPから転載(https://gryllus.jp/about-us/

「コオロギって食べられるの!?」と疑問を抱く方も多いと思いますが、グリラスで生育されているコオロギは野生のそれとは大きく性質が異なります。グリラスは、徳島大学で30年近く行われているフタホシコオロギ研究によって確立された、ゲノム編集のノウハウ・特許技術を継承し、高いレベルで品種改良の研究を行っています。食用コオロギの味はエビに近く、旨みもたっぷり。たんぱく質、ミネラル、ビタミン類も豊富です。生産過程で得られる副産物も様々な用途に活用でき、環境にも配慮されています。

発生生物学に興味を持ち、徳島大学でコオロギを扱う研究室に所属。研究を続けてきたした渡邉さんですが、「コオロギを研究して何の役に立つの?」と言われ続ける日々。そこから事業化に至るまでの興味深いエピソードをご紹介いただきました。

研究対象であったコオロギを食品として産業化させる

― 元々、コオロギは食品化を目的に研究されていたのですか?

いえいえ!僕は発生生物学という、受精卵が分裂を繰り返す中でなぜヒトはヒトになり、イヌにならないのかといったような、生き物のカタチに関する研究をしていました。また、コオロギは足を切っても生えてきますが、ヒトの足を切っても再生しない。その違いはどこにあるのか?といった基礎研究に長年取り組んでいます。

ただ、「コオロギの研究をして何の役に立つのか?」と言われ続けていました。日本ではヒトにつな繋がるマウスや発酵の基礎研究には費用が出やすいのですが、ヒトへの貢献が見えづらいコオロギ研究には資金を集めづらかったのです。

「それほど『ヒトの役に立たない』って言うなら、僕が社会の役に立ててやろうじゃないか…!」と奮起し、コオロギを産業化する方法を模索しはじめました。2013年に国連が昆虫食を推奨する報告書を出したことで、海外ではそれ以降2~3年の間に海外では昆虫関連のスタートアップが次々誕生。日本から米国のコオロギベンチャーに出資する動きもあり、世界的は昆虫を食品化する方向へ進みだすと感じました。そこで2016年、僕の研究対象であったコオロギを食品として産業化すると決めたのです。

― 時代の流れをキャッチし、社会問題解決に自身のコオロギ研究を役立てようとしたのですね。

当初は大学で企業の出資を受け、食用コオロギの産業を作るところまで進めたいと思い、クラウドファンディングを行いました。それをきっかけに多くの企業が話を聞きに来てくれたのですが、企業の経営層からは「いつ資金回収ができるのか」、工場からは「昆虫を既存製造ラインに乗せられない」と、ビジネスリスクが大きい点がネックとなり、一向に話が進まなかったのです。
食用コオロギの産業化について動き始めて3年、多数の企業と商談しましたが協力企業は一社も現れませんでした。ただし、たんぱく質危機は数年後に迫ってきていて、商品開発や製造などのリードタイムを考えると…もう時間が無い! そこで2019年に自らが起業する方向へと考え方の軸を移し、株式会社グリラスを立ち上げました。

全くノウハウが無い状態からのフードテックベンチャー設立

― 食品メーカーとしてのノウハウが皆無の状態で、事業化はどのように進めていったのですか?

そこはもう、人を増やすの一点でした。食品のプロである必要は決してなく、コオロギを使った食品の開発に情熱を注ぎ、その作業に専念できるメンバーが必要だと考えたのです。

グリラスには、「コオロギの可能性を社会実装する」というビジョンに共鳴してくれたメンバーが多数働いています。上場企業や国家公務員からの転職組もいますが、彼らには社会問題の解決に直接つながる仕事がしたい、裁量権のある環境で働きたい、そして社会に新しい商品を届けビジネスで成し得た証を残したい、という想いもあるようです。

― 食用コオロギの知名度が一気に高まったのは、無印良品から発売された「コオロギせんべい」だったと記憶しています

会社設立間近となる2019年4月、無印良品さんからお声がけいただきました。というのも、フィンランドのヘルシンキに出店された際、「今、欧州ではサステナブルな食材としてコオロギが一番ホットであり、フィンランドでも食用コオロギ実用化の動きが盛んだ」という情報を入手されたそうです。日本での商品化におけるパートナーを探す中で、クラウドファンディングや取材記事で我々の研究活動を知り、徳島大学まで見学に来ていただきました。

― 食用コオロギの社会実装に向けて、とても良いご縁が生まれたのですね。

はい、2020年5月に「コオロギせんべい」が発売されて以来、社会の昆虫食に対する雰囲気は大きく変わりました。それまでは我々が「コオロギって素晴らしいよ」と伝えても「そりゃ、研究しているあなたはそう言うでしょ」と返されるのがオチでした。しかし、無印良品さんのような知名度のある企業から「本気で昆虫食を推進する」というメッセージが発信され、実際に商品として店頭に並んだことで、食用コオロギへの評価は大きく変化しました。

「昆虫を口にいれる」という心理的ハードル

― コオロギを使った食品開発で大変だったことはありますか?

当初とても苦労したのが、グリラスの活動に協力してくれる食品工場を探すことでした。食品の製造ラインに虫が入るのはまずいと断られてしまったり、コオロギパウダーを扱っていることがネガティブに取られた際のリスクを考えたり、他にも様々な理由から協力してもらえる企業は皆無だったのです。

国産フタホシコオロギを独自製法で粉末化したグリラスパウダー。グリラス公式オンラインストアで購入可能です。

最近は無印良品さんのおかげで風向きが変わりつつあり、社会課題解決というミッションや機能面から「ちょっと考えてみるよ」と、前向きに検討してもらえるようになりました。コオロギの品種改良を行うため、2021年7月には廃校になった小学校をリフォームした研究所を設立。並行して量産システムの開発も進めているところです。

美馬市立切久保小学校をリフォームした美馬研究所

― 世界的企業である無印良品さんのお墨付きはありがたいですね。ですが、いざ自分が食べるとなると…まだネガティブなイメージがあるかもしれません。

一般の方に対するハードルはまだまだ高いと感じています。日本人は食に対して保守的な特性があるのかもしれませんが、それこそナマコも見た目は良くないですが、美味しいと既に知られているので違和感なく食べられています。

グリラスの食品開発の方針として、まずは食用コオロギのイメージをアップデートしようとコオロギの姿を連想させない製品を開発しました。コオロギを粉末状にしてクッキーやカレーに入れるなど、食べやすいよう工夫をしています。
2021年には自社ブランド「C. TRIA」(シートリア)を立ち上げ、現在はクッキー、チョコクランチ、カレーがオンラインストアで購入可能です。

グリラスの自社ブランド「C. TRIA」のクッキー(ココア/ハーブ&ガーリック)。コオロギ由来のグリラスパウダーが生地に練り込まれています。

C. TRIA クランチ。ほどよい甘さのチョコと、香ばしい風味のグリラスパウダーのハーモニーが楽しめます。

次のステップとしては「コオロギが入っているから美味しい」製品を届けたいと考えており、コオロギの食品原料(パウダーや調味液)を利用したレシピ開発に日々取り組んでいます。

そして、2022年6月2日からは、グリラスパウダーが練り込まれたプロテインバーとクッキーが、都内の一部コンビニエンスストアでも購入できるようになりました。

また、C. TRIAではパッケージにもこだわっています。従来の昆虫食のアプローチではデザインに昆虫を入れてしまいがちですが、我々は「昆虫食が当たり前の世界」を作ろうとしているので、鶏肉加工品のパッケージにニワトリの絵が必ずしも必要でないように、コオロギのイラストは不要だと判断しました。

C. TRIA カレー 3食セット。グリラスパウダーを配合することで、旨味と香ばしさを際立たせています。

今の食生活で満足している人に向け何か強烈なベネフィット(恩恵)を提示できるよう、食用コオロギの際立った機能性を明らかにするべく様々なデータを取っています。高たんぱくというだけでは大豆など他の食材と比較されるので、「コオロギでなければ!」といった右脳的な部分に訴えたいですね。最終的には「コオロギでなければ美味しくならない」製品をお届けしたいと思っています。

― さらにその先の展開はどのように考えていますか?

今はコオロギを食品原料として扱っているのですが、ひとつの食材としてそのままの姿で市場に届け、食卓へ並ぶようにしたいです。実は、コオロギをそのまま食べる際に一番美味しいのは素揚げで、殻がやわらかい沢蟹のような味わいがします。あとは、ボイルするとトウモロコシのようなプチっとした食感になりオススメです。コオロギそのものを食材にするという取り組みは一朝一夕で出来ることではないため、やや長いスパンで考えていくことになりそうです。

食品ロスで生産する「サーキュラーフード」としての昆虫食

― グリラスでは食用コオロギを「サーキュラーフード(※2)」に位置付けているとお聞きしました。

グリラスのもうひとつのミッションが、他の企業から出される食品ロスを餌にして食用コオロギを育てることです。雑食であるコオロギには餌の制限がないため、乾燥していて毎日ある程度の量が安定して出る、食品の一次加工工場からでる残渣(ざんさ)が餌の第一候補となります。現在は小麦粉の製粉で出る小麦ふすまなどがベースとなっていますが、ふすまは年間100万トン出ると言われていますので、我々が有効活用することで環境負荷を軽減できると考えています。
※2 サーキュラーフード:持続可能な社会の実現にあたり、主に食品ロスで生産された循環型の食材や食品。

― ミッションに「世界のたんぱく質不足を解決する」と掲げられていますが、今後は海外進出も視野に入れているのでしょうか。

我々は、たんぱく質危機が切実に迫っている貧困地域へ食用コオロギを届けたいと考えています。既にリサーチは始めていて、1~2年以内には東南アジアにパイロットプラントを建てる計画を進めています。例えば発展途上国の場合、流通過程で腐って廃棄処分となる食品ロスを大量に抱えているので、これらを集めて餌に出来ます。最貧国であれば食品ロス自体がないと言われていますので、別地域で飼育したコオロギを提供できるかもしれません。そのあたりは具体的に動き出してから議論することになるでしょう。

地域によって抱える課題や廃棄となる食品ロスは異なります。グリラスが研究開発の過程で得たノウハウを活かして現地に特化させ、そのシステムを全世界へ共有したいですね。

様々な挑戦を続ける渡邉さんに、今後もご注目ください。
ヤンマーマルシェも持続可能な食料生産システムの構築に向けチャレンジを続けていきます。