ASO MILK/のむヨーグルト
雄大な阿蘇山系に囲まれた阿蘇市。ここで、酪農を営む阿部寛樹さんは、2013年に阿部牧場の社長に就任した2代目だ。もともと祖父の代からの米農家だった阿部家は、「これからは米だけでは生き残っていけない」と言う考えを持った父の代から牛を飼い始めたという。
「僕はずっとグラフィックデザイナーになりたいと思っていました。けれど、父が始めた酪農もそのままにはできない。そのことで父とは何度も話し合いをしました。それならば、酪農をしながら自分のやりたいことを楽しみたい。それから僕の酪農家としての人生が始まりました」
もともと自分でビジネスをしたいというベンチャー志向だったという阿部さん。「酪農×阿部寛樹」という方程式で、父の代では考えもつかなかったことをどんどんスタートさせた。
「まずはこれからの事業計画を見てもらうために、7年後までの算出を出す経営プログラムソフトをつくりました。これがなくては、銀行からも相手にされませんから。そして、スタッフたちのスケジュール管理もすべてITで共有できるようにし、これまでの作業時間の軽減を図りました」
そんな阿部さんの革命は、牛たちのエサにも及んでいった。
「牛のエサである牧草を栽培する土地は、たいてい長年同じ土地でつくられているんです。しかし、それでは栄養価もどんどん下がってくる。牛たちにもっといいエサを食べさせて元気で暮らしてもらいたいと、草地更新を行いました」
簡単なことのように話す阿部さんだが、草地更新というのは思った以上に時間も費用もかかるもの。周りには反対意見を言う人もいたが、未来の酪農を見据えた阿部さんの決断は、決して揺らぐことはなかった。
「せっかくの阿蘇という恵まれた土地にいるのに、その時間を惜しんでいるだけなのはもったいない。僕は今36歳ですが、20代と30代は寝る間を惜しんでも行動するべきだと思っています」
そんな阿部さんの強い思いは、やがてまわりの酪農家たちの心を溶かし、草地更新は多くの場所で実現するようになったという。まさに酪農界の革命家とも言える活動を、デビュー2年目で実行したのだ。
阿部牧場には、約400頭の牛が飼育されており、その牛の体調管理はすべて草地更新をした土地でつくられた牧草で行われている。
牧草の種類は約5種類。それを牛の年齢や体調によってブレンドし、栄養バランスを整えるという。そして、この牧草こそが阿部牧場の牛乳の味を支えていた。
「じつは、牛乳の味の決め手は香りなんです。牛乳は、とても香りを吸着しやすいものだから、牛の環境によって牛乳の香りや味に影響が出る。阿部牧場では『牧草の香りがする牛乳をつくりたい』というモットーで酪農を行ってるんです」
牛舎の中は、確かに牧草の香りでいっぱいだ。あの、牛舎ならではの独特な強い匂いは感じられない。
「あの匂いは、牛のフンによるもの。いい牧草を食べて、のびのびと育っていればフンはそんなに臭わなくなるんですよ」
牛舎を歩きながら、阿部さんは牛たちの様子を細かにチェックしていく。阿部さんのもとへ駆け寄ってくる牛たちは、まるで阿部さんたちの子どものようだ。
「この子たちの環境に僕たちが合わせる。この子たちが元気で暮らせることを中心に考えているので、確かに子どものようなものかもしれませんね。贅沢な牛たちです(笑)」
飲み水にも、火山地帯のミネラルがたっぷり含まれた阿蘇の地下水を採用。
常に牧草と新鮮な水が目の前にあり、遊んだり眠ったりと自由に過ごしている阿部牧場の牛たち。彼女たちの表情は、まさに「至福です!」と言わんばかりに健やかなものだった。
鮮やかとも言える濃い白をした阿部牧場の牛乳は、飲んだ瞬間そのすがすがしい香りと豊かな風味が広がる。そしてなんといってもその甘さ。なんと糖度が12もあるのだという。まるでフルーツのような甘さを持っているのだ。
食品部門のミシュラン・ガイドといわれる国際、味覚審査機構で三つ星を獲得した阿部牧場の牛乳のASO MILKとのむヨーグルト。もちろん、この栄誉は日本初のものだ。
「本当にうれしかったですね。自分たちがやってきたことが間違いでなかったことを実感した瞬間でした」とうれしそうに語る阿部さん。しかし、酪農を愛し、阿蘇を愛する現代の侍の目はさらに未来を見ている。
「酪農を通して、ビジネスのプロモーションを行うことはとても楽しい。大変なこともたくさんありますが、これをきっかけにもっとたくさんの人に阿部牧場と阿蘇の魅力を知ってほしいと思っています。そして、僕らがやがて40代、50代となったときに、志の高い後継者が育っているようにと、今僕たちはいろいろな仕掛けをしているんです。先輩たちから学んだものを、僕たちが受け継ぎさらに手を加えて、次世代を伝えていきたいと思っています」
阿部牧場の牛乳瓶には、飲み干したときにしか見られない赤いプラスのマークがある。
「そんな仕掛けが『飲んでみたい!』と思わせるきっかけでもいい。だっておもしろいでしょ?」まるでいたずらをする子どものような表情で、阿部さんは飄々と語る。
そんな遊び心を交えながら、酪農界の革命児は今日も酪農と阿蘇の未来について、思惑をめぐらせていることだろう。
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